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京都御所


京都御所

京都御所は、1331年から1869年の間、皇居として歴代天皇がお住まいになられた、日本の宮殿の一つです。

長い歴史の中で、京都御所の建築群は、火災等が原因で度々建替えられ、現在の建築群は、一部を除いて、1855年に建てられたものです。

その前の1790年の再建の際に、古い時代の住宅建築のデザインが取り入れられ、現在でも、寝殿造りから書院造りへの日本の住宅の変化の歩みを垣間見ることが可能です。




参内(さんだい)した者の控えの間「諸大夫の間(しょだいふのま)」。

身分によって通される部屋が違い、格の高い順に、襖の絵にちなみ、「虎の間」(写真の一番手前)、「鶴の間」、「桜の間」と呼ばれています。

「諸大夫の間」は、「桜の間」を指していていましたが、建物の総称になっています。

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御所の正面入口、正門「建礼門(けんれいもん)」。

天皇陛下や国賓が御所を訪れるときや特別な行事が開催される際に開門されます。

この門をくぐれるのは天皇陛下のみです。

天皇陛下の同伴なら皇后陛下もくぐることができます。




紫宸殿の南正面、建礼門の北に位置する門「承明門(じょうめいもん)」

天皇行幸(ぎょうこう)や上皇御即位後の出入りに用いられます。

「行幸(ぎょうこう)」は天皇陛下が出かけられることです。

「上皇(じょうこう)」は「太上天皇(だいじょうてんのう)」の略、皇位を後継者に譲った天皇に贈られる尊号です。

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大正天皇の即位礼にあたり建設された「春興殿(しゅんこうでん)」。

日本の古建築では「屋根」をみると「樋」がとってつけたように浮いてしまっているものがほとんどですが、銅板の「屋根」と「樋」が一体となったデザインが素敵です。




京都御所の建築群の中で、重要な儀式を執り行う最も格式の高い建物「紫宸殿(ししんでん)」。

江戸時代末1855年に再建された入母屋、檜皮葺、寝殿造りの宮殿建築です。

長押から上部は、斗きょうがあり、寺院建築の影響を大きく受けている様子。

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「紫宸殿」の垂木は、三段に重ねられた三軒(相当珍しい)で、しかも隅部は垂木が無くなっています。

斗きょうは和様と禅宗様のそれぞれの特徴が確認できます。

柱の上部にのみ組物を置き柱と柱の間に間斗束を置くのは和様の特徴。

尾垂木の断面が五角形なのは禅宗様の特徴、肘木にカーブが無いのは独特です。




「紫宸殿」の開口部は、寝殿造りの特徴である蔀戸(しとみど)を内側に跳ね上げ、御簾(みす)をかけることで開放的ですっきりしたデザインを実現しています。

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天皇陛下の日常の生活のための建物として利用されていた「清涼殿(せいりょうでん)」。

後に「御常御殿(おつねごでん)」に日常生活の場が移り、儀式の際に利用されることに。

蔀戸(しとみど)を内側に跳ね上げ、簾をかけているのは紫宸殿と同じです。

日常生活の場として、寝殿造の建物はやはり不向きで、書院造の御常御殿に移ったと考えられます。




様々な儀式が行われ、武家との対面にも利用された「小御所(こごしょ)」。

外観は寝殿造の様相ですが、内部は書院造、しかし床の間などの座敷飾りはありません。

現在の建物は1958年に、1956年に花火が燃え移り焼失した旧建物を忠実に再現したものです。

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こちらは蔀戸(しとみど)が外側に跳ね上げられていますが、戸の高さは開口部の高さの半分ぐらいです。

「紫宸殿」や「清涼殿」のように、一枚の大きな蔀戸を跳ね上げようとすると重くなりすぎるので、上下二段に分けた半蔀(はじどみ)にすることが一般的です。

蔀戸は寝殿造りの住宅で使用さた建具で、寝殿造風のデザインというと、この蔀戸が大抵使われています。




「蹴鞠(けまり)の庭」を挟んで「小御所」の北側にある「御学問所(おがくもんじょ)」。

内外観ともに書院造で、学芸関係の儀式や臣下と対面される行事で利用されました。

書院造は日本の和風住宅の原型になったと言っていいほど、以降の住宅設計に大きな影響を与えます。

寝殿造りの「紫宸殿」、「清涼殿」、「小御所」と見比べると、私達が見慣れた和風住宅の雰囲気に近いものを感じます。

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「小御所」と「御学問所」の前面(東側)に広がる池を中心とした回遊式庭園「御池庭(おいけにわ)」。

京都御所が京都御苑の一部を塀で囲んだ部分だということを忘れさせるような、奥行きと拡がりを感じる庭園です。

土橋、石橋の多い御所や離宮では珍しい板橋の欅橋や、仙洞御所、桂離宮などでも見られる州浜など、それぞれを見比べると、デザインの違いが興味深いです。




室町時代以降、明治天皇が東京に還られるまで、天皇陛下の日常の生活の場として利用されていた「御常御殿(おつねごてん)」。

入母屋、檜皮葺き、書院造の、15室からなる京都御所内で最も広い建物。

写真は庭園「御内庭」に面する東側のファサードです。

こうして寝殿造、書院造の建物を見ると、明らかに住まいの形が実用的な方向に変化していることがわかります。

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「御常御殿」の前面(東側)に広がる庭園「御内庭(ごないてい)」。

先に紹介した「御池庭」は、かなりの奥行きと拡がりがあって、風景を眺めるという感がありましたが、こちらはより身近なスケール感(もちろん一般住宅のそれではありません)を感じさせます。

御所、離宮では写真にあるような立派な土橋をよくみかけます。




「御内庭」は遣水(やりみず)を表現した庭園です。

平安時代の人々は、曲がりくねった水の流れに特別な感情を抱いたそうです。

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「御常御殿(おつねごてん)」の南側は、東側とは打って変って寝殿造の様相です。

京都御所最大の建物ですから、部屋のデザインも、機能に従って変化があって当然といったところでしょうか。

こうして京都御所の建築群を見てくると、寝殿造は、内外にオープンで、各種行事の開催に向いたパブリックなスペース。

書院造は、現在の住宅ほどではないものの、機能的でプライベート重視のスペースであることが伝わってきます。




「御常御殿」の南西側に隣接している「御三間(おみま)」。

七夕や盂蘭盆会[(うらぼんえ)お盆の意味]などの内向きの行事に使われました。

一見して書院造なのですが、舟肘木で軒桁を受ける造りは、御所内の書院造の建物では見られず、寝殿造の建物で見られたため、オヤッ??という気持ちになります。

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