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東福寺


東福寺

東福寺は、1236年から19年を費やし、1255年伽藍が完成しました。

奈良の最大の寺院「東大寺」と盛大な寺院「興福寺」から「東」と「福」の字を取り「東福寺」と名づけました。




東福寺の「三門」は、1425年に足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古のものです。

和様、大仏様、禅宗様の折衷様で、大変ユニークなデザインで、国宝です。

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「三門」の構造のベースは大仏様です。

挿肘木・通肘木、貫など大仏様の特徴が確認できます。




挿肘木は柱に斗を介さず直接肘木を挿しこみます。

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「三門」の後方(北側)に仏殿と法堂を兼ねる「本堂」が建ちます。

「本殿」もまた三門同様、和様・大仏様・禅宗様の折衷様です。

1934(昭和9)年に再建された昭和の木造建築の中で最大の建物です。

間口41.4m、高さ25.5m、7階建てのビルほどの高さになります。




「本堂」の屋根の軒先、斗きょうのアップです。

挿肘木に隅扇垂木と、三門同様、構造のベースは大仏様です(三門の垂木は平行垂木でしたが)。

東福寺




東福寺

「本堂」の南側ファサードです。

礎盤や桟唐戸などは禅宗様で、連子窓は和様です。

連子窓を用いたことで、縦横のラインが強調され、この建物の持つスケールに見合ったデザインにまとまっているように感じます。




三門の西、禅堂の南に配置されている「東司(とうす)」。

東司とは便所のことで、禅僧にとっては用便も修行です。

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東司の北に配置されている「禅堂(ぜんどう)」。

禅堂は座禅を行う建物です。

1347年(貞和3年)に再建され、現存する最大最古の「禅堂」です。




開山聖一国師(しょういちこくし)、(円爾(えんに))が宋から持ち帰った書跡や書物が所蔵されている「経蔵(きょうぞう)」です。

手前の小さな建物は「殿鐘楼(でんしょうろう)」と呼ばれる「鐘楼(しょうろう)」です。

東福寺




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禅宗七堂伽藍で現存する最古の「浴室」で、1459年の建立、重要文化財です。

正面は入母屋造、背面は切妻造のユニークな屋根のつくりが特徴です。




東福寺の方丈の唐門は「恩賜門(おんしもん)」と呼ばれ、設計は亀岡末吉氏、竣工は1909年(明治42年)です。

蟇股や大瓶束などに、亀岡氏らしい繊細で現代的な意匠が見られます。

東福寺




東福寺

禅宗の七堂伽藍の一つ「庫裡(くり)」は、僧侶の居住する場所で、台所や事務所があります。

大きな切妻の屋根の妻側に入口を設けるのが禅宗寺院の庫裡の特徴です。




東福寺の方丈庭園は、重森三玲(しげもりみれい)氏による作庭、完成は1939年です。

南庭の東側は、蓬莱神仙思想の四神仙島を石だけの構成で表現しています。

同じく南庭の西側は、築山(つきやま)で、京都五山を表現しています。

東福寺




東福寺

「本坊庭園 西庭」は、「井田(せいでん)の庭」と呼ばれ、サツキの刈込と本坊内に使われていた葛石(かずらいし)で市松模様を表現しています。




「本坊庭園 北庭」は「市松の庭」と呼ばれ、小市松模様を切石で表現しています。

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「本坊庭園 東庭」は星座の「北斗七星」を円柱、白川砂、苔、二重生垣で表現しています。

星座表現を取り入れた初の日本庭園です。




「通天橋(つうてんきょう)」は洗玉澗(せんぎょくかん)に架かる橋の一つです。

本堂から通じる廊下がそのまま屋根付きの橋になっています。

秋は京都の紅葉の名所の一つです。

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東福寺

「開山堂」は、東福寺の開山「円爾(えんに)」像を祀る楼閣です。

1819年(文政2年)焼失後、1826年(文政9年)までに再建。

楼閣部分は、伝衣閣(でんねかく)と称し、「京の五閣」の一つに数えられています。

開山堂の西側に円爾(えんに)が生活していたという普門院(ふもんいん)があります。




「開山堂」前の庭園は、参道の東側は、池泉鑑賞式庭園で、西側は枯山水庭園です。

池泉庭園と枯山水庭園で構成される珍しい庭園です。

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